Day 4
Julianという街に程近いテントサイトまで来ていた。
JulianはPCTハイカーはもちろん、サンディエゴの住民にも有名な街でアップルパイが名物だ。
なんとJulianのMama's Pie というお店ではPCTハイカーは無料でアップルパイと飲み物が貰えるという。
それは絶対に行きたいと思ったのと、バッテリーの充電に不安があったので、この日はNear Zero(ニアゼロ)*1 を取ることにした。
そうと決まれば、早々に着いて起きたいと思い最短でジュリアンへと続く国道への道まで降りて、トレイルは14mileスキップした。
街までは歩いても行けるが2時間半ほどかかるので、ヒッチハイクして行く事にした。
MIYAGENさんに餞別でもらった「To Town,To Trail」手拭いの出番だと思い取り出した。
出来うる限りの笑顔と手ぬぐいを走る車に向けて振りかざすこと、数分。
一台の車がゆっくりと目の前で止まった。
おじさん「(ヘイ!どこへ向かうんだい?)」
MJ 『ジュリアンへ!』
おじさん「(乗りな!)」
人生初めてのヒッチハイクは、MIYAGEN手ぬぐいの力と幸運に恵まれ、呆気ないほど簡単に成功してしまった。
僕は男性に感謝を告げつつ車に乗り込んだ。
*1 ニアゼロ
→ハイカー用語でその日はほとんど歩かない日を指す。全く歩かないZero Day(ゼロデイ)とは違い少しは前に進む意思はある。
🇺🇸
70代くらいに見えるその男性はスティーブと名乗った。
話を聞けば彼も山が好きで、この辺の山は大体歩いているという。
隣を見れば、よく使い込まれたバックパックが目に入った。
交差点をジュリアンへと向かう方角へ曲がった所で、まさかと思いどこに住んでいるか聞くと『さっき曲がった所とは反対だな』と答える。
なんと行き先を変えてまで、乗せてくれたというのだ。
僕は申し訳なく思い、ここで下ろしてくれればいいと伝えたがスティーブは笑いながら"ノー"と言った。
『自分も若い頃はヒッチハイクで旅をした。
だからヒッチハイカーを見たら必ず乗せるようにしている』
彼は優しい眼差しでそう答えた。
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ジュリアンに着くと、案内は大丈夫か?と聞かれたので、流石にそれは大丈夫だと伝え、代わりに固い感謝の握手を交わすと、彼は爽やかな笑顔を後に残し、颯爽と来た道を引き返し走り去った。
スティーブ、ありがとう。
そう心の中で呟き、車を見送った。
Mama's Pieへ行き、アップルパイのバニラアイス添えとレモネードを頼んだ。
知ってはいたものの、代金はやはり無料で驚いた。
流石に気が引けたので、せめてもと$10のチップは瓶にいれた。
3日間暑さにやられ、くたびれた体だ。
アップルパイとバニラの甘さ、レモネードの爽やかさが疲れた体と心に沁みた。
ジュリアンはとても居心地のいい街だった。
アップルパイを堪能した後は、バッテリーの充電とお昼を兼ねてクラフトビールのブルワリーが運営する「Julian Beer Co.」というタップルームに来ていた。
ここで同じ日にスタートしたハイカー Grant も合流した。
彼はNY在住のアメリカンでアパラチアントレイル、カミーノを既に歩いており、経験豊富で頼れるナイスガイだった。
年も1つしか離れておらず、歩くペースもほぼ同じだったので自然と仲良くなった。
今日の夜はどうするか決まっているか?と僕が聞くと「もちろん、決まってない」と首を横に振った。
僕も決まってない、と告げると僕らは笑った。
しばし雑談を交え、話し合った結果、ヒッチハイクで近くのRVパークまで行く事にした。
トレイルヘッドに戻っても良かったが、この時点で僕らは4日間シャワーを浴びてないし、服も砂漠の土埃でだいぶ汚れていた。
聞けばPCTハイカーは$15で泊まれるらしい。
僕は「乗った!」と告げて、またヒッチハイクを再開した。
GrantにMIYAGEN手拭いを自慢すると、彼は「So cool..!」と唸った。
嬉々として手拭いを掲げること数分。
今度はトレイルエンジェル*2 が運転する車を捕まえた。
これは僥倖と思い、僕らは車に乗り込んだ。
*2 トレイルエンジェル
→ロングトレイルでハイカーに善意でサポートをしてくれる人たちのこと。送迎だけでなく、ご飯や宿泊地の提供など様々だ。(善意だが感謝の気持ちとしてチップは渡すのが礼儀。)
RVパークは砂漠のど真ん中にあり、古き良きアメリカを感じさせるオールドスクールな佇まいだった。
安くシャワーとランドリーと寝床にありつけるなら何でも良し、と僕らは頷いた。
🇺🇸
Day 4
mi 68.4 to Julian(Hitch)
Julian to Stagecoach Trails RV (Hitch)
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